十二支のすべての言葉を、それが何か・あなたにとって何を意味するかの二文と、よくある誤解の一文で説明する。
十二支はもともと時間の目盛りで、一支が二時間、一巡りで一日になる。一年の十二か月、十二年の一巡りも同じ仕組みだ。子はその一番目で、冬至の前後、夜十一時から一時にあたる。一年と一日のうちでいちばん暗い位置であり、同時に新しい循環が正式に始まる瞬間でもある。伝統の中では、この二つは同じことだ。最も暗いところが、そのまま転換点になる。
だから子の性質は「陰気」ではなく、始まりと深い蓄えだ。五行は水、方位は真北、干支の動物は鼠。どれも同じイメージを指している。ほかの誰もまだ動かないうちに先に動き、しかも静かに動く。
あなたの柱に子があるとき、その位置のことは内へ、深くへ向かいやすい。派手に表に出るのではなく、まず積み重ね、後から人に見えてくる。子は最も誤解されやすい支でもある。その成果が、その場ではほとんど表に出ないからだ。
丑は深夜一時から三時、一年では大寒の前後にあたる。冬がいちばん寒く、春まではまだ距離がある位置だ。五行は土で、水と木のあいだの緩衝になる。水は冷たすぎて、そのままでは木を生めない。まず土を通る必要がある。
この「あいだ」という位置が、丑の性格を決めている。受け継ぎ、形を変えることだ。速くもなく、華やかでもない。その価値は、前の段階が残したものを消化して、次の段階が育てるようにするところにある。干支の動物が牛なのも、まさにこの意味だ。粘り強さは見せびらかすためではなく、成果の見えない時期を乗り切るためにある。
丑が盤に出るとき、その位置のことはたいてい時間がかかり、進んでいないと思っているうちに、いつのまにか形になっていく。伝統では丑・辰・未・戌をまとめて四庫と呼ぶ。庫とはしまっておく場所のことだ。ものは消えたのではなく、しまわれている。
寅は明け方三時から五時、一年では立春にあたる。中国の暦で本当の年の始まりだ。八字で年が切り替わるのは元日ではなく立春、つまり寅に入るときだ。このことだけでも、寅の位置がどれほど要かがわかる。あらゆる循環のスタートラインなのだ。
寅の五行は木、それも陽の木で、山林の大木のイメージだ。性格はそこから来ている。始動し、外へ向かい、上へ伸びる。維持することも、細部も得意ではない。長所は、まだ存在しないことを存在させる力にある。
寅が盤に出るとき、その位置のことはたいてい早くやってきて速く進み、しかも誰かにバトンを渡す必要がある。伝統では寅は「駅馬」の一つとされ、移動、遠出、環境を変えることと結びついている。同じ場所にとどまるのを好まないのは不安定だからではない。外へ出ていくこと自体が、寅の役割だからだ。
卯は朝五時から七時、一年では春分にあたる。昼と夜の長さが等しく、太陽が真東から昇る瞬間だ。五行は木で、陰の木。寅の大木と対になる。寅が幹なら、卯は枝葉と蔓だ。
この対比が卯のすべてだ。高さではなく、広がりで勝負する。その戦略はぶつかって押し開くことではなく、回り込み、絡みつき、すき間を見つけることにある。伝統ではこれを一段劣るものとは見なさない。台風のあとに倒れているのは大木で、草は残っているからだ。
卯が盤に出るとき、その位置のことはたいてい人とのつながりや柔らかさ、時間によって少しずつ実っていき、力で押すとかえってこじれやすい。卯は門とも結びついている(「卯門」)。ここは出入りの通り道だという意味だ。この位置のことは、多くが人によって運び込まれてくる。
辰は朝七時から九時、一年では穀雨の前後にあたる。春が終わりかけ、雨がいちばん多い時期だ。五行は土で、四庫の中でも水の庫だ。春の木はここに水を蓄えてもらい、夏の火はそれで燃やすものを得る。
この「蓄える」働きが、辰の性格を決めている。受け入れて、振り分けることだ。中には水・木・土の三つの力が同時に隠れているので、生まれつき単純ではなく、相容れないものを一緒に置いておくのが得意でもある。伝統では辰を龍に配している。龍は十二支で唯一の空想の動物だ。これは偶然ではない。辰が扱うのは、もともとまだ形の定まらないものなのだ。
辰が盤に出るとき、その位置のことはたいてい関わる人が多く変数も多い。そしてあなたは、たいてい真ん中でそれをまとめ上げる役になる。辰は「天羅」とも結びついていて、自分で張った網に自分が絡め取られることもあると言われる。器の大きい人ほど、引き受けすぎやすい。
巳は朝九時から十一時、一年では立夏にあたる。火が主役を引き継ぎはじめるときだ。五行は火で、陰の火。太陽のようにあまねく照らす火ではなく、集中し、方向を持ち、狙いどおりに燃える火だ。
これが巳の性格を決めている。正確さと内に秘めることだ。その力は大きさではなく、的確さにある。干支の動物は蛇。蛇は体の大きさで勝つのではなく、タイミングと位置で勝つ。同じことの二通りの言い方だ。
巳が盤に出るとき、その位置のことはたいてい腕力ではなく判断力で進み、あなたはたいてい、よく見極めてから動く側になる。巳は寅・申・亥と同じ組の駅馬の一つでもある。だから移動の性質も持っているが、その移動には目的がある。離れるための移動ではない。
午は昼十一時から一時、一年では夏至にあたる。昼がいちばん長い日であり、昼が短くなりはじめる日でもある。五行は火で、陽の火。太陽そのものだ。
この「頂点がそのまま転換点になる」という位置が、午の意味のすべてだ。その力は本物で、しかも場の中で最も強い。同時に、その構造には衰えることが書き込まれている。だから伝統の午への態度は、抑え込むことではなく、余力を残しておくのを知ることだ。干支の動物は馬。速く走る動物に必要なのは、いつ止まるかを知っていることだ。
午が盤に出るとき、その位置のことはたいてい目立ち、勢いよくやってきて、締めくくりは自分で段取りする必要がある。午と子は真向かいで衝の関係にあり、十二支の中で最もはっきりした対立の組だ。最も明るいものと最も暗いもの、最も外向きなものと最も内向きなもの。あなたの中で午のある場所は、たいてい、静かでいることを最も学ぶ必要がある場所でもある。
未は午後一時から三時、一年では大暑にあたる。最も暑い時期を過ぎて、ゆるみはじめる位置だ。五行は土で、四庫の中の木の庫だ。夏の火が燃え尽きたあと、木の燃えさしがここに収まる。
だから未の働きは受け止めて、変えていくことだ。直前の強い波を受け止め、少しずつ使えるものに変えていく。これは落ち込みではなく、欠かせない一歩だ。この一歩がなければ、秋の実りに収めるものがない。干支の動物は羊。羊の繊細さは、この働きを人柄にしたものだ。多くを受け取るぶん、整理にも時間がかかる。
未が盤に出るとき、その位置のことはたいてい発酵に時間がかかり、結論を急ぐと台無しになる。未と丑は真向かいで衝の関係にあり、どちらも土の庫だ。この組の緊張は「どちら側をしまうべきか」という形で出やすい。どちらも保存だが、保存しているものが違うのだ。
申は午後三時から五時、一年では立秋にあたる。金が主役を引き継ぎ、万物が伸びることから収めることへ向きを変えるときだ。五行は金で、陽の金。磨かれていない鉱石、斧、刀だ。
だから申の動きは断つことと変えることだ。混ざり合ったものを分け、うまくいかないものを取り替える。伝統では申を猿に配している。猿の機転は軽薄さではなく、同じ働きを人柄にしたものだ。構造が見えるから、どこを回り込めばいいかも見える。
申が盤に出るとき、その位置のことはたいてい力ずくではなく方法が要り、あなたはたいてい「やり方を一つ変えたら通った」という役回りになる。申も駅馬の一つで、寅とは真向かいで衝の関係にある。一方は始動し、一方は収束する。この組の緊張は「突き進むべきか、向きを変えるべきか」という形で出やすい。
酉は夕方五時から七時、一年では秋分にあたる。昼と夜の長さがふたたび等しくなり、収穫が正式に始まる。五行は金で、陰の金。すでに磨かれた金属、宝飾品、針、精密な刃だ。
申との違いは、力ではなく精度にある。申は叩き割り、酉は正確に切る。だから酉の性質は見分けることだ。何を残し、何を捨て、何をまだ手当てする必要があるか。干支の動物は鶏。鶏は時を告げる動物だ。時が来たら告げる。聞きたい人がいるかどうかに関係なく。
酉が盤に出るとき、その位置のことは勢いではなく基準で進み、あなたはたいてい、その差に気づく側になる。酉と卯は真向かいで衝の関係にある。一方は春の芽吹き、一方は秋の引き締め。この組の緊張は「まだ伸ばすべきか、もう収めるべきか」という形で出やすい。
戌は夜七時から九時、一年では霜降のあとにあたる。秋が終わりかけ、万物が庫に収まるときだ。五行は土で、四庫の中の火の庫だ。夏のあの火が燃え尽きたあと、その余熱がここに収まる。
だから戌の働きはしまい込み、見張ることだ。ものはもう収穫された。ここから先は誰かが見守っていなければならない。干支の動物は犬。犬の忠実さは、この働きを人柄にしたものだ。リスクに先に気づくのは、ほかの人が気を緩めているときに警戒を保つのが、その持ち場だからだ。
戌が盤に出るとき、その位置のことはたいてい最後まで責任を持つ必要があり、あなたはたいてい、最悪の事態を先に思い浮かべる側になる。戌は「地網」も帯びていて、辰の「天羅」と対になる。どちらも「守りが閉じ込めに変わる」ことを語っている。一方は上から、一方は下から来るというだけだ。
亥は夜九時から十一時、十二支の最後の支で、一年では立冬にあたる。水が主役を引き継ぎ、すべてが潜み隠れる位置に戻るときだ。五行は水で、陽の水。大河、そして海だ。
循環の終着点として、亥の働きは帰ることと受け入れることだ。歩んできたものすべてがここに戻って溶け、それから子へと巡って新しく始まる。だから亥は寛容さと終わりという二つの性質を同時に持っている。これは矛盾ではない。受け入れられる人だからこそ、締めくくることができる。干支の動物は猪。そのおおらかさは、この位置を人柄にしたものだ。
亥が盤に出るとき、その位置のことはたいてい手放すことや終わらせることに関わり、あなたはたいてい、ほかの人より「これでいい」を受け入れやすい。亥も駅馬の一つで、巳とは真向かいで衝の関係にある。一方は夏の一点に集まる火、一方は冬の広がる水。この組の緊張は「締めるべきか、ゆるめるべきか」という形で出やすい。
四柱、紫微、易経、十二支——時間そのものに質があり、あなたはその中に生まれた。
言葉は入り口にすぎない。あなたにとっての意味は、自分の命式の上で初めて見えてくる。