よくある誤解10はよく「いちばん良い札」とも「いちばん悲惨な札」とも読まれる。語っているのは満ちることだ。満ちること自体に良し悪しはない――このサイクルが頂点に来たということで、次は入れ替えであって、足し算ではない。入れ替えを受け入れられるかどうか、それだけだ。
もっと深く1010はその元素が限界まで行き着くことだ。エースがもっとも純粋な種なら、10はその種がもうこれ以上育てないところまで育った姿だ。だから10はどのスートでも満ちることと終わりを語る――カップの10は虹の下の家族、ペンタクルの10は三世代の同居と家紋、ワンドの10は十本の杖を担いで歩けなくなった人、ソードの10は背中に十本の剣が刺さった姿だ。9と同じく二組に分かれる。カップとペンタクルの10は円満、ワンドとソードの10は負荷の限界だ。理由は元素そのものにある。水と土は受け止める元素なので、満ちれば豊かさになる。火と風は消耗する元素なので、満ちれば燃え尽き、考え尽くすことになる。10は報酬でも罰でもなく、そのスートの論理が終点まで行けば自然にたどり着く姿だ。これに出会うのは、一つの事がようやく完結したとき、一つの段階が終わるとき、もう担えなくなったとき、あるいはこれ以上ないほど痛いときだ――どれも10だ。順調なとき、10は収穫と継承だ。物事が完結し、手渡せるようになる。行き詰まるとき、10の問題は満ちたのにまだ足そうとすることだ――10の次に11はなく、次のエースがあるだけだ。タロットはここで、あらゆる循環と同じく正直だ。頂点に来たら入れ替わる。