よくある誤解よく「気性が強い」と言われる。実は木は硬いのではなく、方向があるのだ。さえぎられてはじめて硬くなる。道を一本与えれば、自分で回り込んでいく。あなたが我慢できないのではなく、こらえていても意味がないのだ。
もっと深く木木は五行の中で「外へ伸びる」側の端だ。その原型は春に土を破って出てくる植物で、いちばん丈夫ではないが、いちばん方向がある——一本の草がアスファルトを押しのけられるのは、力が強いからではなく、ひとつの方向にだけ力を使い、しかも止まらないからだ。あなたがそれと気づくのはこんなところだ。つらさより停滞のほうが我慢できない。人に「どうして今やらなきゃいけないの」と聞かれてもうまく答えられないが、これ以上待てばこのことは死んでしまうとわかっている。余白のある環境では生き返り、何重もの承認が要る場所では枯れていく——逆らっているのではなく、本当に養分を奪われるのだ。うまく流れているとき、木はあなたを「ようやく物事が動き出した」と言われる人にする。口火を切れるし、人を引っぱっていける。行き詰まるとき、それは二つの姿になる——ひとつは硬さで、うまくいかないとわかっていてもぶつかっていく。止まるほうが壁にぶつかるよりつらいからだ。もうひとつは散らばりで、十本の芽を同時に出し、どれも少しずつ伸びるが、最後にはどれも材にならない。この二つは同じことだ。エネルギーが歩いていけるだけの長い道がない。だから木にとって「方向を見つける」ことは心の成長のたとえではなく、もっとも実際的な資源管理なのだ。